求道者たち

vol.01

 道はあるか。どこにあるか ー理念を追い求め、社会が、国が進むべき道を模索し続ける人たちがいる。時に周囲から厳しく批判され頓挫しながらも、常に高くアンテナを張り、書を片手に実世界に学ぶ姿勢は、現代の求道者とたたえても過言ではないだろう。

トライ・アンド・エラー・アンド・トライ(1) 株式会社資生堂  魚谷雅彦氏

ジョブ型への移行は、多様な社員に門戸を開く。新卒の日本人学生を新卒で受け入れるほか、多様な能力を持った外国人も本社内だけでも数多くいる。社内公用語は英語だ。
モデレーター 松本美奈(上智大学特任教授)

社内公用語は英語

― 働き方が今度ジョブ型に変わるとなれば、採用ももちろん変わるわけですね。

魚谷 はい。変わります。

― どういうふうに変わるんですか、具体的に。

魚谷 実は既に資生堂では日本的慣行を変えていこうと、若い世代でも早くマネジャーになれる、女性もどんどん登用していく、外部採用も増やすなどと、かなり流動的な人事に変えてきています。ただし、新卒を採るというのは一つの社会的責任でもあると思っていますので、このところは年間、そうですね、百数十名の総合職、それに技術系の人や高等専門学校卒業者など、年間900人弱*採用し続けてきています。その人数を多少減らすとしても、新卒採用自体を根本的にやめる必要はないと思っています。
 もう一つは、第二新卒についてです。どこかの企業に入りました。でも、ちょっと違ったかなって思うことはありますね。僕自身も思ったほうですから。そこで辞めるか辞めないかと判断が迫られた時、僕の場合は1年間頑張ってみろと言われて、頑張ったら何か面白くなってきたので退職を見送りました。海外留学もさせてもらえたんですね。立ち止まるのも必要ですが、やっぱり違ったかなと思ったときに、次はどこか違う企業に行こうかと考えて資生堂に来られる方もいるでしょう。そこまで、例えば3年間ぐらいを「新卒の域」だとすれば、こちらにも柔軟性が必要です。さきほどのジョブグレード制で、このジョブディスクリプションに合う人が社内にいないことも多いわけです。会社経営は常に変革を進めようとするんですね。イノベーションは、今やっていないことでしょう。ということは、今、育成されてきた人材ができないことをやるからイノベーションになるわけです。二律背反ですね。ということは、例えば今でもデジタルと言っていて、DX(デジタルトランスフォーメーション)を思い切り、加速度的に推進しようとしたときに、ぴったりの担い手がいるわけないんですよね、私たちの会社の中に。
*コロナウイルスによる事業の影響により、今後の採用人数については現在精査中。

― なるほど。そこで外から採用するということですか。

魚谷 興味ある若い人に、これから3年間で思い切りデジタル能力を高めてよということもやってはいますが、待っていられない部分もあります。リーダーが必要ですから、いろんな企業でそういう経験のあるような人に来てもらおうと。やっぱりリーダーは特に必要ですね。その人が日本人である必要もないです。
 当社も今、この本社に外国人社員がいます。イラン出身の、ヒジャブかぶっている人もいます。英語しか通用しない部門もあります。

― 外国人がいる部門は社内公用語が英語と聞きました。

魚谷 英語にしたのは、それが一つの理由ですね。多様性を高めるためには必要です。でも、やってみたら、みんなできるんですよ、日本人社員も。上智の学生さんなんかはもう、皆さん、語学は達者でしょう。

曄道 本学の学生たちも毎年御社に採用していただいています。

― 外から採るだけでなく、社員の育成にも力を入れているそうですね。その社員の英語力向上のために、就業時間内に英語学校に学びに行けるようになっていると聞きました。

魚谷 すごいですよ、3,000人ぐらいが英語学校のベルリッツに行っていました。全額補助しています。TOEICのスコア向上を目指して、みんな勉強していましてね。社員の中には、通勤途上で英語を聞いていて、駅で降りるのを忘れて次の駅まで行っちゃったというぐらい熱心に勉強している人もいます。刺激になりますので、僕は留学制度を復活したんです。

― 会社のお金で留学に行っていたのに、結局退職する人もいるから、留学制度を見直すところもあるようですね。

魚谷 留学全てがいいというわけではもちろんないです。ただ、国内でも海外でも外に出て行って、違う企業や違う国の人たちと出会いますね。学生のときはそれが当たり前でしたが、企業に入ってからもそうした機会を持つのは、すごくいいことだと思っているんです。まして海外ですから、言語や文化の違う人たちとも一緒になって一緒に学ぶ。それだけで意味のあることです。
 これまでに国内外に合わせて30名程度の留学生を出してきました。そのうち海外留学も何人か出てきました。

曄道 MBAですか。

魚谷 はい。

― 留学制度を復活させることに反対する声はなかったのでしょうか。

魚谷 留学制度を復活させようよと言ったら、人事部から「いや、辞める人がいますから」と言われました。それを防ぐために、帰ってから5年間以内に辞めた場合は50%、会社が負担した学費の返還を求めたらどうかという提案もありました。
 そこで「つまらないこと言うのはやめよう」と返しました。留学した本人も努力するわけです、2年間勉強してね。中には、会社でのキャリア、昇進などが遅れると思う人もいるでしょう。それでもやっぱり行って、卒業するのは簡単じゃない。僕らも優秀と思う人を送り出しているでしょう。にもかかわらず、その人が辞めるということは、会社に魅力ないからだよと。チャレンジングな仕事をやらせてくれないから、辞めてしまう。だから、留学した社員が辞めてしまうのは、本人の問題でない、「That's not their problem, that's our problem」だと考えようと。だからお金は請求しないと。
 結局、今のところまだ誰も辞めてない。よかったと思っています。

― コロナで先行きが見通せない状況ですが、今後もそういった人への投資は緩めないとお考えでしょうか。

魚谷 そうです。基本的に大きな変化は「個の力をつける」ということですよ。今までは金太郎アメ的な要素を求めてきた。目立たなくていいよ、組織で仕事するからと社員に求めてきた。この「組織で」という言葉が、日本のバズワードなんです。要は誰の責任か分からない。そこに、どんな人材がいようが、いまいが、関係ない。「組織で」と言った途端に、ヒエラルキーが強く発生するんですよ。その組織の長が、下にいる人たちを召使いのように使い、資料作りさせたりするのが仕事のように。
 ところが個に焦点を当てて考えると、会社の向かっている方向に対して、どんな能力、スキルや感性が必要か、それにやっぱり見合うような人たちを、育成するとか採ってくるとかで、その個の能力を見る。
 個に焦点を当てるとなると、社内がばらばらになるんじゃないですかと言う人がいます。僕ら、ベンチャーをやる人が社内に何百人もいていいと思っているわけではない。会社のリソースを使って、自分の夢を実現したいと思う人を集めたり、育成したりしていく。会社と個が、ある意味で契約だと。あなたのこういう能力を会社のために生かしてください、報酬もこれだけ出しますと契約する。ジョブグレード制のポイントはここにあります。本人もそこで自己実現が一番できそうだ、だから資生堂のこのポジションでやっていこうと考える。こうした個と会社の関係に、僕はもっとなっていくべきだと思います。

― 「組織で」はバズワードですか。それっぽいけれど、無意味な言葉なのですね。なるほど。個の価値を最大化するために、学ぶ機会を用意する、投資しているわけですね。

魚谷 はい、そうです。

曄道 上智でも社会人向けの講座を始めました。コロナの影響もあり、2020年秋に開講します。

魚谷 どのようなものですか。

曄道 MBAではないし、ビジネススキルを身につけるものでもありません。御社のホームページを拝見したら、プリンシプルのところに「THINK BIG」と書かれていました。あそこにうたわれているものがまさに、我々が提供するものです。哲学的なものもあるし、歴史もある。単にそれを知識として取り入れる、机に向かって勉強するというより、それを題材にして、どうクリエーティビティを発揮できるかを目指す講座です。歴史の材料から、今に向けて自分が何を発揮できるかといったような、そういう訓練をする講座です。
 卒業して働き出したら勉強しなくていい、と思っている学生の姿が目につきます。そこに釘を刺しておきたいという思いもあります。

魚谷 いやいや、学生のときに勉強しなくていいと思っている人も多いですけどね。

曄道 大学が「最高学府」という言葉を使って、あたかも学びの最終機会みたいな顔をするのをもうやめたいと強く思っています。高等教育とうたうのであれば、継続的に学ぶための基礎体力をつくらないといけない。
 やっぱり今の日本の社会構造でいうと、どうしても社会人と学生の間に見えない壁がある。学生は学生としての学びをすればよくて、社会人になったら社会人としての学びがあるといったような。両者をつなぎ、循環させ有機的につなぐかが、これからの上智の教育の方向性と思っているんです。

魚谷 僕は歴史が大好きなので、さきほどの戦国時代の番組をぞくぞくしながら見たりするんです。広い言葉で言えば教養というんでしょうか、そういうものを持っている人が魅力的ですよね。会社の中でもね。上司が、「この仕事はこうだ」と言うだけではなくて、いろんな世界観を持っていたりとか。
 グローバル化を進めて、我々の会社でも約2万4,000人が日本で、約2万1,000人が海外で働いている。もう半々ぐらいです。僕は、アメリカの事業所ならアメリカの優秀な人材が入ってくれるのが本当のグローバル企業だと思っています。本社のある日本ばかり見る日本人をアメリカに派遣してコントロールするというやり方ではない。そういうあり方に、2015年から踏み出しているんです。例えば、パリでは優秀なフランス人がトップで働いている。その周辺にも、業界の優秀な人が集まってきたりしているんです。そういう人たちは、趣味も多岐にわたっています。僕らの世代は特に、ライフタイムの中で学ぶ機会も必要ですよね。大学がそういう場を提供していただけると。

曄道 今、社長がおっしゃることを目的としているんです。その中でうたっているキーワードは、1つが国際通用性です。国際通用性があり、かつ発揮するための知とは何か。それこそがグローバル社会の中での人と人との信頼を醸成するものだと思うんです。

魚谷 おっしゃるとおりです。

曄道 そのための題材は、大学にはかなり豊富にあります。もちろんそれは産業界での、企業活動の中での経験ではありません。歴史的な物の見方であったり、あるいは国際関係であったりといったようなことの話を聞いたとき、ビジネスの現場かもしれないし、家族との関係とかと、あるいは人生かもしれない、どこかで発揮しないと意味がないです。
 日本では「教養人」という言葉が、ミスリードしてきたのではないかと思っています。「教養人」とはいろんなことを知っている人という意味になっている。そうではなくて、そこから何かを発することができる。そういった考えがビジネスの世界であろうと政治の世界であろうと認識されるべきだし、それが日本の教育の中で育まれる構造にしないといけないと思うわけです。ただやはり、企業人の方たちが必要だと言ってくださらないと、学生には伝わらないので、社会人向けに講座を作って循環させたいと願うのです。

魚谷 それはすばらしいと思いますね。

曄道 ぜひ資生堂さんもご参加いただけると嬉しいです。

魚谷 ええ。上場会社の多くは外国の投資家が株主になっています。今我々でも40%を占めています。特に私が就任してから増えました。ヨーロッパとかアメリカの投資家、50社以上と毎年会って、1回1時間の枠で、話す機会を持っています。日本の経営者で、英語でこういう時間を持つ人はほとんどいないです。多少ミスるところはあっても、それは直せばいい。1対1とかなったら、英語のほうが相手も喜ぶ。通訳入れるよりは会話量が増えますでしょう。一生懸命やっています。
 投資家にもいろんな人がいます。僕らが本当に今後も株を持っていてほしいような株主のところに行きますと、いろいろ考えさせられるんです。例えば、カナダ・トロントの株主で、こんなやりとりがありました。訪問したら、そのファンドの創業者が出てきました。年配の方が前に座って、「ミスターウオタニ、あなたの人生の哲学は何なんだ」と言うんです。数字の話なんかはいい、それは部下がみんな調べているから、あなたの人生の哲学を聞きたいんだと言いましたね。それで、いろんな話しをして、自分はこういう思いで生きていると。だから、資生堂はこんな会社でとか。その後すぐに、たくさん買ってくれたんです、株主になってくれました。
 ロンドンに行っても、長期に持ってくれている株主は、細かい話は求めてこない。特にCEOとの議論では。そういうときに、どれだけ自分の、先生が教養と言われているような幅を持っているかが問われる。冷汗ものです。真剣勝負の場ですから。

【ひとこと】 世界で問われるのは、目先の数字ではなく、歴史観や人生哲学だという。投資家を訪れ、突然そんなことを問われたら、「冷や汗もの」というのもうなずける。だからこそ、先の見えない時代だからこそ、人への投資は緩めない、という言葉に安堵する。(奈)