求道者たち

vol.01

 道はあるか。どこにあるか ー理念を追い求め、社会が、国が進むべき道を模索し続ける人たちがいる。時に周囲から厳しく批判され頓挫しながらも、常に高くアンテナを張り、書を片手に実世界に学ぶ姿勢は、現代の求道者とたたえても過言ではないだろう。

「敗北の時代」を乗り越える(3) 経済同友会前代表幹事 小林喜光氏

株主第一主義を標榜していた米国の有力企業も、その看板を下ろすと宣言した。大学はどう変わるのか。学長のリーダーシップが問われる、と小林氏は切り込む。学長はどう返すか。
モデレーター 松本美奈(上智大学特任教授)

求められる学長のリーダーシップ

― 学長のリーダーシップ。大学にとって最も難しい問題の一つでしょうね。

小林 学長のリーダーシップがきちんと機能するような仕掛け、ガバナンス構造をつくらないと。学長選挙とかやっていてできるのか。例えば東京大学は、五神真・東大総長*がいくら頑張ったって、大きすぎる。学長にリーダーシップを求めると同時に、仕掛けもつくっていかないと、無理だろう。
*総長 国立大学法人上での正式名称は「学長」。総長は通称。

― 当の学長としていかがですか。

曄道 問題は二つあります。まずは仕掛けです。私自身が選挙ではなく、理事会に選ばれた人間です。学部長も、私自身が最終的には任命する形になっているので、上智大学は体質的に他大学と比べると変わってきているのではないかと思います。
 一方で、リーダーシップを培う仕掛けがありません。冒頭に、同友会のリーダーシップ研修の話をされていましたね。我々にはそういうものはない。学長になった人は、リーダーシップについてレクチャーされることもない。学長という座におさまると、なかなか他者から裁かれることはないのです。これは我々が今直面している大学ガバナンスという課題の中で、抜け落ちている部分だろうと考えています。
 今ちょうど、私は学内で中間業績の評価を受ける立場にあり、業績評価自己申告書を書いています。本来であれば、公的な視点、本当に客観的な立場から見て、上智大学に期待するものは何で、それが今どうなっているかということを指摘していただくことまでやるべきではないかと思いますね。

小林 確かに、そうすれば強いリーダーシップが培われ、そこで生き残れる人も出てきますよね。

曄道 そうです。

小林 次の学長候補は誰だと明確に言っちゃまずいかもしれないけれど、そういうキャリアパスは、必要ですよね。大学の先生は、法学部であろうが医学部であろうが、音楽部であろうが、マネジメントを一度も考えていないと、(東大総長の)五神さんがよくぼやいていました。それは知らないでしょ。いきなり学者のトップが、マネジメントやり出すわけだから。これはやっぱり、もったいない。

― 国立大学を筆頭に、大学が新陳代謝ができず、マネジメントにも問題があるというご指摘はよくわかります。けれどもそうした現状は、大学自身の問題でもあるけれど、企業側にも責任はないでしょうか。

小林 採用! この意味で企業にも責任はある。相変わらず、定期採用なんかやっているようじゃ、だめだよ、それは。僕自身は47年前、28歳の12月2日にこの会社に入社しているんですよ。どんな会社だって、学生から「採ってくれ」と言えば採ってくれる、少なくとも考えてくれるんだよね。でもそれをしないのは学生も悪いし、社会全体が変革に対する思いがない。個が大切にされず、全体としてのコントロールというか、一種の規律が重んじられる。入社式もそうだけれども、みんな黒の背広、スーツを着てさ。あれは異様だよね。こんなばかな話ないよ。

― 同調圧力とでもいいましょうか。明文化されたきまりではないけれど、逆らえない。ところで、小林会長はどんな服装だったのですか。

小林 僕は入社するために人事部に来たとき、赤い半ズボン履いてたよ。イスラエル、イタリアに留学していたから、日本は変テコだってわかるからね。
 夏にイタリアから帰国して就職しようと考えて、この会社の人事部の電話番号を友達に聞いて電話した。それでまず、ここにある三菱ビルヂングに来た。周りの人間に、丸の内の企業に行くのに、そんな格好はおかしいじゃないかと言われたのを覚えているよ、まだ。

― つまり、誰かの責任、時代のせい、というわけではない、個々の問題でもあると。

小林 そう、時代だけじゃないです。誰かのせい、というより、日本人全体が、固定化されている。今日、曄道先生は大学のバッジをつけていらっしゃる。うちにはバッジないんだけれども、会社によっては、三菱マークを着けている。僕はもう、バッジ大嫌い人間で、ある媒体に書いて、きょうも怒られちゃったんだけれども。大和証券は、全員がつけているってわけ。アイデンティティーなんだろう。
 最近はみんな、SDGsのバッジをつけている。これ、不思議なんだけれども、同友会と連合のディスカッションの場があって、そこで20数人、連合の全員、会長から事務局長からみんなが。本当にもう、ついに「気持ち悪い」って言っちゃった。だって、戦争に臨んだ日本の大本営と同じなんだよ。経団連でも7割か8割着けている。日本証券業協会は100%着けている。
 着けないと調子悪いな、みたいな、村八分的な雰囲気というのは、まさに日本的なんですよ。要するに、出る杭は打たれるなんていうレベル以前だね。個を大切にしていないんですよ、個性を。

― 個ではなく一丸となって、1億火の玉みたいなイメージですか。

小林 うん、火の玉。SDGsなんて、今、始まったことじゃないんですよ、僕らに言わせれば。文字どおり、近江商人、日本の伝統的な部分ですよね。国連で2015年9月に批准されたからと言って、みんな喜んでバッジ着けている。能力の、知能のなさというか。はっきり言って、びっくりなんだよ。
 民放のある女性記者がワシントンに赴任して、1年して帰国し、国連に行った話をしていた。なんと、あのバッジつけているのは1割もいなかったというんだ。彼女も、日本ではみんなバッジつけていたから、不思議だなと思っていたらしい。
 僕自身も今年1月、そういう問題意識を持って、ダボス会議でどんなやつがSDGsのバッジを着けているかなと思ったら、2割もいないね。着けているのは、SDGsに自分自身が貢献しているような人だった。つまり、あのバッジを着けておけば、俺はやっているみたいな格好ができるとでも思っているのですかね。もう、情けないの一言。いや、本気でつけている人をけなすつもりはないですよ。

― みんな一緒、横並びで、そこからはみ出さなければ安心という風潮があるということでしょうか。

小林 そう。例えば社外取締役はかつて1人以上が99%だった。それがたった3、4年でガラッと変わった。かつてはうちの会社の事業を知らないやつを何で取締役に入れるのかと(コーポレートガバナンス改革が始まった)5年前に言っていた人までが、あっという間に変わる。これがこの国の怖さなんだよ。

曄道 外からの風は、そのものがエネルギーを生み出す源になりますが、それよりも大事なことは、まず外部に風が吹いていることを知る事ではないでしょうか。大学という組織も、専門性が高いゆえになかなか外からの風を入れにくい風土があります。最近では、それが刺激的であり、創造的であり、新たな展開を産む活力になるという理解が進んできたと思います。

「通年採用」は社会を変えるか

― 先ほどの採用の話に戻ります。今、採用が変わろうとしていますね。これまでの就活スケジュールにとらわれない「通年採用」という言葉がでています。この言葉は、話す人によって随分イメージが違うようです。

〈今の就活スケジュール〉
大学3年生 3月企業エントリー開始
4年生 6月試験・面接開始→内々定
10月内定式

〈今後は?〉
2021年卒の就活スケジュールについては、従来通りのスケジュールで進められる。

小林 そもそも日本だけですよね、4月に一斉入社なんて。企業も1兆円ぐらいの売り上げになってくると、まあ、海外の子会社というところで働いている人が、3割、4割は最低占めるようになるでしょう。海外の子会社は全部、通年採用なんですよ。そもそも、10年前、社員じゃなかった人が7割、8割もいる世界です。イスラエルに至っては、当社が買収したニューロダームという会社は、女性が6割います。それはイスラエルの「テバ」という会社から結構やめてきている人がいるんですよ。そうすると、要は、社員の通年採用どころか、トップに近い人も、みんな、外から来ているの。
 うちも3年ぐらい前から、システムやっているコンピューター使う千何百人の会社があるんですよ、三菱ケミカルシステムって。データサイエンティストがたった10人から20人。これをコントロールする人は元IBMなどの人で、CTOからCDO、CU、データサイエンティスト、そういうのにみんななってもらっているんですよ、チーフデータオフィサーか。だからもう、そんな学生を、一、二年もさることながら、30年もその道の人もどんどん変えていかなきゃだめな時代。それが戦いだと思うんですよ。

― 定規模の企業では、海外の子会社は通年採用で、日本の本社だけ従来型の就活スケジュールということですか。いびつな状態ですね。

小林 定期に入りたい人はそれで入ればいい。そのかわり、バッファゾーンを3年とか5年設けて、いったんは入社したけれども、どうも合わないから入り直す、そんな社会システムにすれば、学生さんも、勉強もほとんどしないで、こんなわけのわからない就職活動なんて、どうでもいいことを考える必要もない。
 同友会では、前々から3年から5年のバッファゾーンつくろうじゃないか。入社して3割は辞めている。だから、それをちゃんとやるためには、もうちょっと学生に負荷かけないと。
 人事部の連中は、通年採用で毎日対応していたら、とてもじゃないけれども、労力がたまらないと言う。でも世界でやっているわけだよね。世界の、特にうちの孫会社、ひ孫会社だと、例えば、従業員が100人、50人の会社は、社長が全部ひとりでやっているわけですよ。人事部なんてないわけだから。要するに日本の会社で一番コンサバなのは総務部と人事部なんだよ、いつも時代も。人事部と総務部の頭の中ををなんとかしなきゃだめだ。同じ品質の、飛び抜けない人材を大量生産して、品質の維持だけをすればいいという、軍隊みたいな時代はよかったんですよ。もう今は違うんだから。すごく個性豊かなやつが要る。多様性というのは、まさにそれだよね。それが何で4月採用でなきゃいけないのか。僕自身が12月2日入社だから、よけいに言いたいよね。

― そうでしたね。赤い半ズボン履いて。ただ、総務部、人事部の責任を言うのであれば、経営者の責任もありますね。

小林 経営者にも言うんだけれども、なかなか、組織というのはそう簡単に動かないんだよ。
 僕なんか、こうやってばかだ何だって言っているわけですよ、人事、総務は、ひどいって。人をかえるしかないんですよ。社内から上がってきたやつをやらせておいたらだめなの、人事でも。やっぱり、グローバルなところで戦ってきて、人事をやってきたというか、あるいは、ビジネスやってきた人をやったほうが、人事がスムーズに動き出すんですよ。

― 人事・総務は社内から、という固定概念も変える必要があるということですね。通年採用については、大学からの抵抗がありますが、曄道先生のお考えは。

曄道 あくまでも個人的な意見として申し上げると、私も採用はいつでもいいじゃないですか、という立場なんです。例えば、日本の社会の中では2年生のときに内定を出したら問題になりますが、私は、もうそれでもいいんじゃないかと考えています。

― おお、大胆ですね。

小林 いや、本人がよければ、それでいいじゃないですか。

曄道 そうです。例えば大学の立場、あるいは、大学の学長の立場ということで申し上げると、もし、社会が本当に1年生、2年生を採用して満足するのであれば、そもそも、この国の大学は要らないということを意味しているわけですよ。大学は研究者を育成することに専念しましょうという話に落ち着けば、それも一つの姿かもしれません。一方で、社会のほうが、やはり大学4年間で、しっかり知の基盤を構築してもらって、そこから仕事のプロフェッショナルとして、さらに飛躍してもらいたいということを期待してもらえるかどうか。そこが今の話に非常に通じていると思うんですね。
 だから、採用時期に大学がこだわっているということに、私は少し違和感があります。

小林 それでも採用する側から言わせてもらうと、リベラルアーツはしっかりやってもらいたい。これは譲れない。こんなにスピードが速い時代に、個別の専門知識なんかいくら持っていたってしようがないですよ。僕なんか、専門知識は今、全く使っていないですよね。大学院でやってきたような放射線化学なんて、全く今の経営とまるで関係ない。けれども、大学1年のころ学んだ経済学とか法学とか、あるいは、やたら読み漁った小説とかは、逆に今、生きているわけ。だから、リベラルアーツをしっかり構築する、勉強する。本当の意味のジェネラルなことを勉強してほしい。
 専門の本当の基礎はやる必要がある。機械なら機械、マテリアルはマテリアルだけれども、今はマテリアルも、マテリアル・インフォマティクスというか、コンピューター使わなきゃしようがないわけでしょ。もうほとんどAIだから。であれば、そういうベーシックなAIとか英語とか、そういうのはしっかりやってほしい。個別の専門知識にいくらエネルギーかけたって、ころころ変わっていくから。時代がものすごいスピードで進化しているんで、意味ないですよ。

曄道 大学では基本的には4年間の学部教育があり、2年間の修士、3年間の博士がある。大学の学部教育は、その9年間のうちの4年間を教えているんですね。この形が、問題ではないかと思っています。まさにおっしゃったように、研究者に通じる9年間のうちの4年間を学ぶということで、本当に今の時代にフィットするか。そうじゃなくて、さきほどお話ししたセンスの問題ですね。やっぱり「脱炭素」から「炭素循環」に、というセンスの置き換え、そうしたセンスを学生時代にどう身につけるかということは、9分の4ではなかなか教えられないわけです。学問の、とにかく深いところにどんどん、どんどん入っていくわけですから。
 そういう意味で、私たちは総合大学なので、全てをリベラルアーツ教育というくくりで呼ぶかどうかは別としても、次にどんな力を発揮できるかという教育をしておかないといけない。そういう時代に、社会がそういう要請を大学にもっと呼びかけていただきたいと強く願っています。

小林 リベラルアーツ教育が1年半でいいのか、2年なのか。あるいは、どういう形で専門性につなげるか。ジャンルによっては、例えばAIとかは20代でほとんど燃え尽きるわけじゃないですか。例えばイスラエルの8200部隊は、中学のころから選抜されてきているわけですよ。数学のできる子、AIを理解できる子。それでそういう部隊に行って、高度なサイバーセキュリティーを構築する能力を発揮できる。日本の教育はその点、初等・中等教育自体がまだ、あまりに平等なんですよ。さすがに運動会のかけっこで手をつないでテープ切ろうなんていう時代ほどひどくはないにせよ。機会の平等はいい。でも、実際に社会に出たら、結果は全然平等じゃない。だからそこをもう少し頭に入れておいてもらいたい。
 それと、企業は教育、教育と言う割には、「定期採用」に乗っかり過ぎた。インターンシップも数日やったぐらいではだめで、1か月以上やろうとか。この4月、一般社団法人つくったぐらいですから、真面目にやろうと思っていますよ。

― なるほど。どうしたら「敗北の時代」を越えて新しい時代につながるとお考えですか。

小林 中国やアメリカや、ヨーロッパの一部、イスラエル、スウェーデン、シンガポールと戦うわけじゃないですか。だからそこを脱するにはまだまだ、5年や10年、かかるでしょうね。
 ただ、技術だって、50年かかる技術もあれば、AIとかバーチャルな世界なら1年たったらえらく変わってしまう。タイムラインがそれぞれ違う。教育を考えると、生まれたばかりの子どもが20歳にもなれば、もう相当なことができるわけじゃないですか。そこからすれば、民間企業は、もっと教育にエネルギーをかけるべきだと思いますね。

曄道 今おっしゃっている教育は、企業の中での教育という意味ですね。

小林 どんどん技術が変わるので、企業内教育もさることながら、学校とのコラボレーションにもっとエネルギーをかけるべきでしょう。ダイキン工業の東大に10年間で100億円*とか、大阪大学とAI人材養成とか、ああいうのは一つの例でしょうね。
*2018年12月、ダイキン工業と東京大学が産学連携協定を締結。相互に研究者を派遣し合うほか、東大関連のベンチャー企業との協業を加速させる計画。ダイキン工業は10年間で100億円規模の研究資金を提供し、AI やエアコンの新技術を開発したいとしている。同社は2017年10月から10年間で総額56億円を大阪大学に提供。AI人材養成や学生研究員養成などを始めている。

曄道 2018年12月、ダイキン工業と東京大学が産学連携協定を締結。相互に研究者を派遣し合うほか、東大関連のベンチャー企業との協業を加速させる計画。ダイキン工業は10年間で100億円規模の研究資金を提供し、AI やエアコンの新技術を開発したいとしている。同社は2017年10月から10年間で総額56億円を大阪大学に提供。AI人材養成や学生研究員養成などを始めている。

― なるほどね、MBA的ですよね。

曄道 スキルの部分などは排除し、もっと基盤的な知とは何か。さっき申し上げたような、社会で真価を発揮される知に転換していかないといけないと思うんです。蓄える知ではなくて、発揮するための知とは何かということを社会人と考えるという講座を展開しようとしています。
 ターゲットの一つは、例えば、史実であったり、あるいは哲学的なものを捉えたとき、業種の違う受講生が集まれば、そこから発揮しようと考えるものが、みんな違っているわけですね。その1つの題材を提供したときに、彼らが化学反応を起こしながら議論ができる。大学というのは本質的に人が集まってきて、そこで議論をして、何か新しいものが生まれていく場です。それこそが大学の本質だと思っているので、それを社会人に提供していきながら、さっきから申し上げている知の転換、発想の転換、先ほどの「脱・炭素」だとか「循環炭素」だとか、そういったことも含めて、自分と全く違う立場でものを考えると、一体、何がそこで生まれるのかだとか、そういった場を来年の4月から展開しようとしています。

小林 そういうのをもっと日本にはたくさん欲しいなという気がしますね。この忙しいのにスイスの大学、スイスのIMD*というところとか、スペインの、あるじゃないですか。それとか一橋にもMBA的なのがありますよね。そこにも、僕らも知り合いから、お前の所からも1人出せと言われるから出していると、もう、これ以上出せません、社内でも教育していますし、とか言うこともあるけれども。本当、もっとそういうチャンスがあるように、上智大学にも頑張ってもらいたいな。
*IMD 幹部教育に特化したスイスのビジネススクール。

【ひとこと】 赤い半ズボン履いて、採用の門を叩いたかつての若者と、大学2年時に内定を出してもらってもいいと言い切る学長と。話はどこまで転がっていくのだろうか。敗北の時代を超え、新しい時代の風が吹いてきそうな予感がする。(奈)